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福岡高等裁判所 平成4年(ネ)869号 判決

控訴人 株式会社 西日本銀行

被控訴人 国

代理人 小尾仁 脇博人 村川広視 綿谷修 須田啓之 加治屋貢 ほか二名

主文

一  本件控訴を棄却する。

二  控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

一  当事者の求める裁判

1  控訴人

(一)  原判決を取り消す。

(二)  被控訴人の請求を棄却する。

(三)  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

2  被控訴人

主文と同旨

二  当事者双方の主張及び証拠の関係は、次のとおり付加、訂正するほかは、原判決の事実摘示並びに原審及び当審の各訴訟記録中の書証目録、証人等目録に記載のとおりであるから、これらを引用する。

1  原判決六枚目裏二行目の「同月五日」を「昭和六一年八月五日」と改める。

2  原判決七枚目裏四行目の「同月七日」を「昭和六一年八月七日」と改める。

3  同九枚目裏三行目の次行に次のとおり加える。

「(四) そうでないとしても、控訴人と堀とは、昭和六二年二月九日、本件A債権を本件B債権に変更する旨の更改契約を締結し、併せて本件根抵当権が本件B債権を担保するものとする旨合意した。

右の更改契約の締結が認められないとしても、ことの経緯からして、本件においては民法五一八条が類推適用されるべきであるから、右の本件根抵当権が本件B債権を担保するものとする旨の合意は、被控訴人に対抗し得る。

(五) 以上のようにして、いずれにしても本件A債権が弁済によつて消滅したことはなく、同一性を保ちながら本件B債権として存続し、本件根抵当権によつて担保されていることに変わりはないのである。」

4  右3に付加した部分に続いて、次のとおり加える。

「七 再々抗弁

1 仮に、被控訴人主張のように、本件A債権が弁済によつて消滅し、その限りで確定後の本件根抵当権が効力を失つたとするならば、それは控訴人の予期せざる事態である。

すなわち、控訴人は、堀との間で同人が本件A債権を弁済期日に弁済できなかつたので、これの弁済を猶予する目的で、昭和六二年二月九日、再抗弁3ないし5のとおりの一連の行為をする旨の合意をし、かつ、このように実行し、これによつて右の目的を達することができると信じた。

2 ところが、実際には右の合意及びこれに基づく一連の行為によつて、本件A債権が弁済によつて消滅するなどしたというのであるから、控訴人の目的及び信じたことと結果との間に齟齬のあることが明らかである。従つて、右合意は、その動機及び要素に錯誤があつて無効であり、その結果、右の合意と右の一連の行為は無効となつて、本件A債権は未だ消滅していないことになる。

八 再々抗弁に対する認否

錯誤の主張を争う。本件A債権は堀の単独行為である弁済によつて消滅したのであるから、堀の意思表示の効力をいうのならばともかく、控訴人の意思表示の効力など問題にならない。」

理由

一  被控訴人の本訴請求に対する当裁判所の認定判断は、次のとおり付加、訂正するほかは、原判決理由説示のとおりであるから、これを引用する。

当審において取り調べた証拠によつても、右認定判断を覆すことができない。

1  原判決一〇枚目裏七行目の次行に次のとおり加える。

「ところで、控訴人は、右認定に反し、右一連の取引が控訴人の帳簿上あたかも存在するかのように見えるものの、実際には本件A債権の弁済を猶予するためにしたことが右のような帳簿上の処理となつて表われたものであつて、この処理に伴う資金の移動などなかつたかのように主張する。

しかし、争いのない本件A債権発生の原因となつた控訴人から堀に対する昭和六一年八月七日付ドル建の手形貸付(抗弁・4・(一)の事実)と同じく争いのない本件外国為替予約契約(再抗弁・1・(一)及び(二)の事実)を見ると、これらは、法的には、別個、独立の取引といい得るものである。すなわち、これらの取引を法的に見ると、それぞれ独自に成立、存続し、さらに履行、決済され得るもので、相互に法的な依存関係にあるわけではない。唯、一般の金融取引において、外貨建の金銭消費貸借は、これ単独の取引では、外貨貸付時の為替相場と弁済期のそれとの間の変動のリスクを当事者が負担することになつて、不測の損害を被るおそれがあるから、これを回避するために、外貨貸付に併せて本件外国為替予約契約と同様のいわゆる為替予約が締結され、この為替予約の履行によつて得た外貨で右の外貨による貸付金の弁済をする方法が採られる。従つて、為替予約の履行によつて取得する外貨の使途は、外貨による当該貸付金の弁済に充てる以外にはないことが予定されているのである。そして、弁論の全趣旨によると、本件外国為替予約契約も、右のリスク回避のために、本件のドル建の手形貸付に併せて締結されたものと認められるところ、前掲各証拠によれば、少なくとも、本件外国為替予約契約履行のための資金に充てるため、控訴人から堀へ昭和六二年二月九日に二九八〇万円が堀の本件口座に振込む方法によつて貸付けられ(本件B債権の発生)、堀が同日この口座から右予約契約履行に必要な三〇九五万六六三一円を引き出し、これで本件A債権の元利金二〇万一九七四・五〇米ドルを購入して、本件外国為替予約を履行したことは、本件外国為替予約契約が解約されたとか、その履行期が延長されたとかの形跡を認め得る証拠のない本件においては、動かしようのない事実として認定できる。そうすると、右の米ドルが本件A債権の弁済のため以外に使用されたことを認めることのできる証拠がない本件においては、右の米ドルは、控訴人と堀との予定どおりA債権の弁済に充てられたという認定に達するほかはないのである。このようにして、右一連の取引は現実になされ、これに伴う資金の移動も現実にあつたというべきであるから、控訴人のこの点についての主張は採用できない。」

2  同一一枚目裏六行目の「ものであるが、」の次に「このとき、本件A債権を担保する本件根抵当権は既に確定していたのであるから、本件A債権が消滅すればその限りで本件根抵当権も失効してしまう状況にあつたのである。そして、本件A債権につき実質的に弁済猶予したのと同じ結果となるためにとられた本件の一連の取引は、つまるところ、本件A債権を消滅させる代わりに新規に本件B債権を発生させて、この本件B債権を本件根抵当権で担保することによつて、右の実質的な弁済猶予の実を挙げようとするものである。従つて、このような方法は、本件根抵当権が確定する前の段階であれば、本件A債権が消滅しても新規に発生した本件B債権が本件根抵当権によつて担保される以上、債権者たる控訴人の地位に格別な影響を及ぼさないから、有効な手段とみなし得るが、本件根抵当権が確定し、これの帰趨に利害をもつ被控訴人が登場した段階においては、このような方法は、最早有効な手段であるとはいえない。本件根抵当権確定後発生した本件B債権が、本件根抵当権によつて担保されるなどとは、堀に対してならともかく、被控訴人に対しては主張できないからである。そうであれば、前記のとおり本件外国為替予約契約の不履行の問題を生じ、これに伴う損害賠償債務の発生等、本件A債権の弁済を実質的に猶予しようとした目的を阻害する事態が起るという難点はあるものの、これはこれで独立の取引であるから単独に処理できないわけのものではなく、例えば右の損害賠償債務等を免除、軽減することもできるのであるから、本件A債権につき実質的にも法的にも弁済猶予の実を挙げるためには、本件A債権の消滅をもたらす本件の一連の取引の方法によるのではなく、単に本件A債権の弁済期を延長するか、あるいは本件A債権を旧債務とする円貨建の準消費貸借契約を締結する方法によるべきであつたのである。このようにして、」を加える。

3  同一一枚目裏末行から同一二枚目裏一行にかけての「ことから」を「としても、これまでの認定説示に照らすとき、本件A債権は弁済により消滅したのであるから、この約束手形は、その後はたかだか本件B債権支払のための担保として存在することがありうるだけのことであつて、これが返還されなかつたからといつて」と改める。

4  同一二枚目表六行目の「併存していた」の次に「(もつとも、控訴人にしてみれば、本件外国為替予約契約を履行する資力のない堀に対して、本件A債権に重ねて本件B債権という信用の供与をしたつもりはないかも知れないが、本件の一連の取引をみる限り、一時的にしろ確かに信用の枠は拡大したというほかはないのである。そして、このように一時的に信用が膨らんだところで、本件B債権によつて本件外国為替予約契約の履行が確実になされることになり、その結果、本件A債権の回収も確実になされることになつて、結局のところ前後の信用の枠に殆ど異動が生じないうえ、この取引に第三者が介入する余地も殆ど考えられないから、控訴人に危険が発生するおそれはないというべきである。)」を加える。

5  同一二枚目表八行目の「いえない。」を「いえないし、また控訴人主張のような更改契約を締結したともいえない。そしてまた、民法五一八条を類推適用すべき事情もない。」と改める。

6  同一二枚目表八行目の次行に次のとおり加える。

「なお、控訴人は、本件の一連の取引によつて本件A債権が消滅し、この限りで本件根抵当権が失効するとすれば、その一連の取引は控訴人の錯誤に出たもので、すべて無効であると主張する。

しかし、これまでの認定説示に鑑みると、本件の一連の取引は、それらを個々に取り上げると、すべてその趣旨どおりに契約が締結されて、かつ履行されているのであつて、そこには、取引の性質、趣旨、目的を誤解していた節は見当たらない。本件A債権の弁済によりA債権が消滅することは理の当然であり、弁済を受けながらも、なおA債権をそのまゝ存続さすということは法的には全く不可能であることは自明であることからして、控訴人において本件A債権の弁済を受けても、それは単なる弁済期日の猶予に過ぎずA債権は消滅しないと誤信していたとは認められない。唯、控訴人が、これらの取引によつて本件A債権につき実質的に弁済を猶予することができると考えていたことは確かであるが、これは目的を達するための手段、方法の選択を誤つたものに過ぎず、民法九五条にいう錯誤の適用を問題にすべき場合にあたらない。」

二  よつて、原判決は相当であり、本件控訴は理由がないから棄却することとし、民訴法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 緒賀恒雄 近藤敬夫 川久保政徳)

【参考】(第一審 大分地裁 平成二年(ワ)第四三一号 平成四年一〇月二二日判決)

主文

一 大分地方裁判所平成元年(ケ)第七号不動産競売事件について、同裁判所が平成二年六月一八日作成した配当表のうち、被告に対する配当額を四〇三七万円、原告(熊本国税局)に対する配当額を〇円とした部分を、被告に対する配当額を二〇八二万八五〇〇円、原告に対する配当額を一九五四万一五〇〇円と変更する。

二 訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一 請求の趣旨

主文と同旨

二 請求の趣旨に対する答弁

1 原告の請求を棄却する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一 請求原因

1 大分地方裁判所は、被告の申立により、平成元年三月一日、堀弘志(以下「堀」という。)の所有であった別紙(三)記載の不動産(以下「本件不動産」という。)について平成元年(ケ)第七号不動産競売事件(以下「本件競売事件」という。)として不動産競売手続を開始し、滞納処分と強制執行等との調整に関する法律(以下「滞調法」という。)二〇条、一七条、九条一項の規定による続行決定を経て、本件不動産の競売の結果、平成二年六月一八日の配当期日において、被告に対する配当額を四〇三七万円、原告(熊本国税局)に対する配当額を〇円とする旨の別紙(五)記載の配当表を作成した。

2 原告は、右配当期日において、被告が本件不動産の根抵当権(以下「本件根抵当権」という。)の被担保債権であると主張する別紙(四)の目録2記載の債権のうち、(1)ハ、(2)、(3)ハ記載の債権(以下「本件異議債権」という。)について、請求の趣旨と同旨の配当異議の申立をした。

3 原告の異議の理由は次のとおりである。

(一) 原告は、堀に対し、昭和六一年一一月一八日現在、既に納期限を経過した、別紙(一)記載の租税債権(以下「本件甲租税債権」という。)を有していた。

(二) 原告(所轄行政庁は別府税務署長。ただし、同年一二月八日国税通則法四三条三項の規定による徴収の引継ぎにより、熊本国税局長が所轄行政庁となった。)は、本件甲租税債権を徴収するため、同年一一月一八日国税徴収法六八条の規定により、堀の所有であった本件不動産を差し押さえ、同日堀に対し差押書を送達するとともに、大分地方法務局別府出張所同日受付第一四〇七七号をもってその旨の登記を経由した。

(三) 原告は、本件根抵当権を有していた被告に対し、同日国税徴収法五五条の規定による通知書を発し、右通知書は同月二〇日被告に到達した。

従って、本件根抵当権の被担保債権は、民法三九八条ノ二〇の規定により、差押通知書が被告に到達した日から二週間を経過した同年一二月五日その元本が確定した。

(四) 原告(熊本国税局長)は、別紙(二)の租税債権(以下「本件乙租税債権」という。)を徴収するため、昭和六二年一〇月一三日国税徴収法八六条及び八七条の規定による参加差押えを行った。

(五) 原告(熊本国税局長)は、平成元年七月七日本件甲租税債権については滞調法一七条(一〇条三項準用)の規定により、本件乙租税債権については国税徴収法八二条の規定により、それぞれ前記裁判所に対し交付要求をした。

(六) 本件異議債権は、昭和六一年八月七日貸付の外貨貸付金元金一九万三〇〇〇米ドル、弁済期昭和六二年二月九日、利息年九パーセントの債権(以下「本件A債権」ともいう。)か、昭和六二年二月九日貸付の手形貸付金元金二九八〇万円、弁済期昭和六二年三月一〇日(その後同年一一月一日まで延長されていると思われる。)、利息年八パーセントの債権(以下「本件B債権」ともいう。)のいずれかであり、前者であれば弁済により消滅しているし、後者であれば本件根抵当権の元本確定後に成立した債権であり、いずれにしても被告が配当を受けるべきものではない。

(七) 原告が右配当期日当時堀に対して有する債権は、以下のとおり合計一九五四万一五〇〇円であった。

(1) 本件甲租税債権

本税 一二〇五万二五〇〇円

延滞税 七〇二万〇三〇〇円

(2) 本件乙租税債権

本税   三三万〇〇〇〇円

利子税     五〇〇〇円

延滞税  一三万三七〇〇円

4 よって、原告は、原告が受けるべき配当額に満つるまでの限度で、請求の趣旨記載のとおり配当表を変更することを求める。

二 請求原因に対する認否

1 請求原因1、2の事実は認める。

2 同3(一)ないし(四)、(七)の事実は認める。(五)の事実は知らない、(六)の事実は否認する。

三 抗弁

1 被告は、堀との間において、昭和五一年六月一〇日、昭和五四年三月一〇日及び昭和五八年四月二七日それぞれ次の内容の相互銀行取引契約を締結した。

(一) 掛金契約、証書貸付、手形貸付、手形割引、当座貸越、支払承諾、外国為替、その他一切の取引に関して生じた債務の履行については、この契約に従う。

(二) 堀が被告に対する債務を履行しなかった場合には、支払うべき金額に対し年一四パーセントの割合による遅延損害金を支払う。

2 被告は、堀との間において、昭和五一年六月一〇日、昭和五四年一〇月三一日及び昭和五八年四月二六日、被担保債権の範囲を相互銀行取引による一切の債権、確定期日を定めないこととし、極度額をそれぞれ二四〇〇万円、一二〇〇万円(昭和五五年四月一五日二八〇〇万円に変更)、四二〇〇万円とする根抵当権を設定する旨の契約を締結し、いずれもその頃その旨の根抵当権設定登記を経由した。

3(一) 被告と堀とは、昭和六〇年二月五日先物外国為替取引契約を締結した。

(二) 被告と堀とは、同日次のような契約を締結した。

(1) 堀は、被告からの短期インパクトローン借入にかかる取引について、銀行取引契約に従う。

(2) 堀の被告に対する借入金元金の返済、利息並びに損害金等の支払を円貨をもって行う場合の邦貨換算相場は、当日の東京における被告の対顧客直物電信売相場とする。ただし、堀が右に関し為替相場の予約を希望する場合には被告所定の先物為替相場を適用する。

(3) 利息及び損害金の計算方法は、年三六〇日の日割計算とする。

4(一) 被告は、昭和六一年八月七日堀に対し、ドル建の手形貸付の方法により、一九万三〇〇〇米ドルを、弁済期は昭和六二年二月九日、利息は年九パーセントの約定で貸渡した。

(二) 被告は、同月五日堀との間において、貸付金額については一米ドル当たり一五四・三〇円で円貨に換算し、返済金額については一米ドル当たり一五三・二七円で換算する旨の予約をした。

従って、円換算による貸付金額は二九七七万九九〇〇円、円換算による返済金額は二九五八万一一一〇円となる。

四 抗弁に対する認否

1 抗弁1ないし3の事実は認める。

2 同4(一)の事実は認める。

(二)の事実のうち、本件A債権の円換算額が被告主張の額となることは認めるが、その余の事実は否認する。本件A債権の円換算額が被告主張の額となるのは、後記外国為替予約契約に基づくものである。

五 再抗弁

1 被告は、昭和六一年八月七日の手形貸付に先立ち、堀との間において、次の内容の外国為替予約契約を締結した(以下「本件外国為替予約契約」という。)。

(一) 被告は、右貸付の実行日である昭和六一年八月七日堀から、右貸付金額である一九万三〇〇〇米ドルを、一米ドル当たり一五四・三〇円で買い取る。

(二) 被告は、右貸付金の弁済期である昭和六二年二月九日堀に対し、返済金額(元利金合計額)である二〇万一九七四・五〇米ドルを、一米ドル当たり一五三・二七円で売渡す。

本件外国為替予約契約締結により、被告が右貸付の実行日に堀に対し支払うべき米ドルの買受価額は二九七七万九九〇〇円、弁済期に受領すべき米ドルの売渡価額は三〇九五万六六三一円となった。

2 被告は、本件外国為替予約契約に基づき、同月七日堀から、一九万三〇〇〇米ドルを一ドル当たり一五四・三〇円で買取り、その代金二九七七万九九〇〇円を堀の普通預金口座(被告別府支店・口座番号〇四二六六四七。以下「本件口座」という。)に振込んだ。

3 被告は、昭和六二年二月九日堀に対し、手形貸付の方法により、二九八〇万円を、弁済期は昭和六二年三月一〇日、利息年八パーセントの約定で貸渡し、同日右手形貸付金二九八〇万円から利息一九万五九四五円と印紙代六〇〇〇円を控除し、残金二九五九万八〇五五円を本件口座に振込んだ。

4 堀は、同日本件口座から三〇九五万六六三一円を引き出した。

5 被告は、本件外国為替予約契約に基づき、同日堀に対し二〇万一九七四・五〇米ドルを売渡し、堀は右4において引き出した三〇九五万六六三一円をもって右代金を支払うとともに、右二〇万一九七四・五〇米ドルをもって本件A債権を弁済した。

従って、本件A債権は弁済により消滅したものであり、本件A債権と本件B債権とが同一性を有しないことは明らかである。

六 再抗弁に対する認否及び被告の反論

1 再抗弁1ないし4の事実は認める。

2 同5の事実は否認する。

3 被告の堀に対する本件A債権と本件B債権は、次のとおり実質的にみて同一性を有する債権である。

(一) 被告は、堀が本件A債権を弁済期に弁済することができなかったので、その弁済を猶予するために、昭和六二年二月九日の手形貸付を行ったのであり、本件A債権は本件B債権の範囲内で存続しているのである。

被告が、右手形貸付の際、本件A債権の弁済を猶予する意思であり、本件A債権を消滅させる意思を有していなかったことは、昭和六一年八月七日の手形貸付の際堀から振出を受けた金額一九万三〇〇〇米ドル、満期昭和六二年二月九日の約束手形を堀に返還しなかったことからも明らかである。

本件A債権と本件B債権とは、債権額の表示方法、債権元本、利息、貸付期間が異なっているが、これらはいずれも債権の実質的同一性を否定する根拠とはなりえない。被告が昭和六二年二月九日の手形貸付を行う際の貸出稟議書の記載や被告の帳簿上の処理は、堀との合意内容を正確に反映したものではない。

(二) また、本件A債権は、本件外国為替予約契約をも併せ考慮すると、元本二九五八万一一一〇円(一九万三〇〇〇米ドルに一ドル当たり一五三・二七円を乗じた金額)、弁済期昭和六二年二月九日、利息年七・七五四パーセントの手形貸付債権であるところ、この手形貸付債権は昭和六二年二月九日、元本二九八〇万円、弁済期昭和六二年四月末日、利息年八パーセントの手形貸付債権に変更されたものである。貸金債権のこの程度の変更は、債権の同一性を失わせるものではない。

(三) そうでないとしても、被告は、昭和六二年二月九日堀との間において、本件A債権のうち二九八〇円を消費貸借の目的とし、弁済期は昭和六二年三月一〇日、利息は年八パーセントとする準消費貸借契約を締結したものである。

第三証拠関係

本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一 請求原因1、2、3(一)ないし(四)、(七)の事実は当事者間に争いがない。

〈証拠略〉によれば、同3(五)の事実(ただし、本件甲租税債権については本税を一二〇五万二五〇〇円として配当要求した。)が認められ、右認定に反する証拠はない。

二 抗弁1ないし3、4(一)の事実は当事者間に争いがない。

同4(二)の事実を認めるに足りる証拠はない。

三 本件A債権の弁済について

1 再抗弁1ないし4の事実は当事者間に争いがない。

2 〈証拠略〉によれば、被告は、本件外国為替予約契約に基づき、昭和六二年二月九日堀に対し二〇万一九七四・五〇米ドルを売渡し、堀は同日本件口座から引き出した三〇九五万六六三一円をもって右代金を支払うとともに、右二〇万一九七四・五〇米ドルをもって本件A債権を支払ったことが認められ、〈証拠略〉右認定に反する部分は信用することができない。

そして、前掲各証拠と、〈証拠略〉によれば、被告から堀に対する昭和六二年二月九日の二九八〇万円の貸付、堀の本件口座からの右貸付金を含む金員の引出し、本件外国為替予約契約の実行、外貨による本件A債権の支払といった一連の取引は現実になされ、これに伴う資金の移動も現実にあったのであり、単に被告の帳簿上の処理にすぎないものではないことが認められる。

右認定事実と、前記争いのない抗弁1ないし4の事実によれば、本件A債権は昭和六二年二月九日弁済により消滅したものというべきである。

3 被告は、堀に対する本件A債権と本件B債権は実質的にみて同一性を有する債権である旨主張するので、以下検討する。

(一) 〈証拠略〉によれば、被告の堀に対する昭和六二年二月九日の手形貸付は、堀が本件A債権を弁済期に弁済することができなかったので、実質的には被告がその弁済を猶予する目的で行ったものであること、被告は、その際堀に対し、昭和六一年八月七日の手形貸付の際に堀から振出を受けた金額一九万三〇〇〇米ドル、満期昭和六二年二月九日の約束手形を堀に返還しなかったことが認められる。

ところで、外貨建債権について弁済猶予の目的を達成する方法には、本件の一連の取引を行う方法のほか、外貨建債権について弁済期を延期する方法、外貨建債権を消費貸借の目的として円貨建の準消費貸借契約を締結する方法等が考えられる。弁済期を延期する方法は、債権者が為替リスクを負担し、外国為替予約契約につき不履行の問題が生じるが、債権の同一性は当然に維持され、準消費貸借契約を締結する方法は、外国為替予約契約につき不履行の問題が生じるが、債権者の為替リスクは回避され、債権の同一性は原則として失われないと考えられる。従って、被告は、本件A債権の同一性を失わせないで弁済猶予の目的を達成する方法を有していたということができる。

そして、被告の堀に対する昭和六二年二月九日の手形貸付は、実質的には本件A債権の弁済を猶予する目的で行われたものであるが、右のとおり被告は他に弁済猶予の目的を達成する方法を有していたのに、前記の一連の取引を行って堀から外貨により本件A債権の支払を受けたのであるから、本件A債権は弁済により消滅したものというべく、本件A債権が本件B債権の範囲内で存続し、又は本件A債権が本件B債権に変更されたということはできない。また、被告が右手形貸付の際堀に対し前記約束手形を返還しなかったことから、直ちに本件A債権が本件B債権の範囲内で存続し、又は本件A債権が本件B債権に変更されたということはできない。

(二) 前判示の事実関係によれば、被告は、昭和六二年二月九日堀との間において外貨建債権である本件A債権を円貨建債権である本件B債権とする旨の合意をしたものではなく、被告が堀に対し二九八〇万円を貸付け、その後本件A債権と本件B債権とは一時的にせよ併存していたのであるから、被告が同日堀との間において本件A債権のうち二九八〇万円を消費貸借の目的とする準消費貸借契約を締結したものとはいえない。

(三) 従って、被告の主張はいずれも理由がない。

4 以上によれば、本件A債権は弁済により消滅したものであり、本件A債権と本件B債権とは同一性がないというべきである。

四 よって、原告の本訴請求は理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 丸山昌一)

別紙(一)

昭和六一年一一月一八日現在の租税債権

年度

年分

税目

法定納期限

納期限等

本税

加算税

延滞税

昭六〇

昭六〇

申告所得税

昭六一・三・一五

同日

一二一一万六〇〇〇円

法律による金額

別紙(二)

昭和六二年六月一〇日納期限の租税債権

年度

年分

税目

法定納期限

納期限等

本税

利子税

延滞税

昭六一

申告所得税

昭六二・三・一六

昭六二・六・一

三三万円

五〇〇〇円

法律による金額

別紙(三)

別件目録

一 所在 別府市中央町

地番 壱八八四番

地目 宅地

地積 壱参五・五参平方メートル

二 所在 同所

地番 壱八八五番

地目 宅地

地積 参九・六六平方メートル

三 所在 同所

地番 壱八八九番壱

地目 宅地

地積 弐五壱・壱六平方メートル

四 所在 同所

地番 壱八八九番弐

地目 鉱泉地

地積 参・参〇平方メートル

五 所在 同所壱八八九番地壱、壱八八四番地、壱八八九番地壱地先

家屋番号 壱八八九番壱

種類 居宅

構造 木造瓦葺弐階建

床面積 壱階弐弐四・五六平方メートル

弐階 壱参〇・弐八平方メートル

別紙(四)

担保権、被担保債権、請求債権目録

1.担保権

(1) 昭和54年10月31日 設定

昭和55年4月15日 極度額変更の根抵当権

極度額 金2,800万円

債権の範囲 相互銀行取引・手形債権・小切手債権

(2) 登記 大分地方法務局別府出張所

昭和54年10月31日受付第16835号主登記

昭和55年4月15日受付第5404号極度額変更付記登記

2.被担保債権及び請求債権

一金 28,000,000円

但し、下記債権(1) 元金36,581,110円及び(2) 利息金218,890円(3)損害金の合計金の内金

(1)イ.元金 2,000,000円

ただし、昭和61年5月12日を満期日として、昭和60年11月12日に手形貸付の方法により貸し付けた貸金元金

ロ.元金 5,000,000円

ただし、昭和61年11月20日を満期日として、昭和61年5月30日に手形貸付の方法により貸し付けた貸金元金

ハ.元金 29,581,110円

ただし、債務者が債権者銀行宛昭和61年8月7日に振出した支払期日昭和62年2月9日、金額19万3,000米ドルの約束手形による外貨手形貸付金債権について、昭和60年2月5日付先物外国為替取引契約締結に基づき、手形の支払期日に1米ドル当たり円貸金153円27銭の割合をもって円貸転換した金員

(2) 利息金 218,890円

上記(1)のハの外貨手形元金19万3,000米ドルに対する昭和61年8月7日から昭和62年2月9日まで、186日間(年360日当たり)9.0000パーセントの割合による利息金8,974米ドル50セントについて、昭和60年2月5日付先物外国為替取引契約締結に基づき、手形の支払期日に1米ドル当たり円貨金153円27銭をもって円貨転換した金員1,375,521円の残金

(3) 損害金 上記(1)の

イに対する昭和62年11月2日から

ロに対する昭和62年11月2日から

ハに対する昭和62年11月2日から

夫々完済に至るまで年14パーセント(年365日日割計算の割合による損害金)

なお、債務者は、上記(1)のハについては、昭和62年11月1日までの損害金を、(2)記載の利息1,375,521円については内金1,156,631円を昭和62年10月30日に支払ったのみである。

物件目録

1.所在   別府市中央町

地番   壱八八四番

地目   宅地

地積   壱参五・五参平方メートル

2.所在   同所

地番   壱八八五番

地目   宅地

地積   参九・六六平方メートル

3.所在   同所

地番   壱八八九番壱

地目   宅地

地積   弐五壱・壱六平方メートル

4.所在   同所

地番   壱八八九番弐

地目   鉱泉地

地積   参・参〇平方メートル

5.所在   同所 壱八八九番地壱、壱八八四番地、壱八八九番地壱地先

家屋番号 壱八八九番壱

種類   居宅

構造   木造瓦葺弐階建

床面積  壱階弐弐四・五六平方メートル

弐階壱参〇・弐八平方メートル

別紙(五)〈省略〉

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